地震による墓石の損傷痕から地震動を推定する

−2007年能登半島地震の場合−

山形大学地域教育文化学部生活総合学科 川辺孝幸
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2007年7月31日公開,2007年7月31日17時00分更新

地震による石造鳥居の被害から地震動を推定する

2007年能登半島沖調査報告等][2007年新潟県中越沖地震調査報告等



倒壊した輪島市門前町浦上番頭屋の墓石

はじめに

 ある場所で起こった地震による構造物や地盤の被害は,震源で発生した地震波が,被害の起こった場所に至るまでに波の伝わり方の異なるさまざまな地質の媒質を経て,最終的に,被害を被った構造物や地盤の破壊した部位に届いた揺れによって起こります.したがって,実際に破損した構造物などが被った揺れの状態を知るには,それぞれの場所の構造物のそれぞれの部位に,地震計の記録が無ければ本当のことはわかりません.しかし,現実的には,地震計は限られた地点にしか設置されていないために,任意の地点での被害を引き起こした揺れの実体を知ることは,ほとんど不可能です.

 その補完として,地震動によって被害を被った墓石の,墓地ごとの倒壊率や被害率の調査がおこなわれ,相対的な地震動の大きさを比較することによって,異常振動帯の認定や倒壊率と地質との関係などが論じられています(角田・堀口 1981;1995年兵庫県南部地震地質調査グループ 1997;内藤ほか 1996など).

 一方,同じ墓石の被害を使って,墓石の回転現象から地震動特性を導き出そうとする研究や,銀行やコンビニエンス・ストア等に設置されている監視用カメラの画像記録に残されている物体の運動から地震動特性を明らかにしようとする研究がおこなわれています(Nirei et al. 1990;斉藤ほか 1997;須藤ほか 1997;澤田ほか 1997,1998;小玉ほか 2001;澤田ほか 2002 など).

 これらの研究では,墓石の回転現象が,地震動の加速度粒子軌跡が回転していたためにおこること,例外を除いて,加速度粒子軌跡の回転方向と墓石の回転方向とは逆方向になることなどが明らかにされています(澤田ほか 1998).

 筆者は,1995年1月17日午前6時51分に発生した兵庫県南部地震による阪神淡路大震災の際に,地質ボランティアの一員として活動していた時に,住吉区内のある山手の住宅で,フローリングの部屋に置いてあったベッドの移動が床に残した傷跡を紹介し室内で調査をさせてもらいました.フローリングの床に残されたベッドの足による傷跡(第1図)は,ベッドに寝ていた住人の体験と調和する,揺れの相対的な時系列変化を見事に表現しているものでした.このような傷跡を解析することによって地震動特性を明らかにできる可能性を与えてくれるものでした.

 今回の2007年能登半島地震において,石川県輪島市門前町浦上番頭屋で,このような地震動の相対的な時系列変化を示す複数の損傷痕を残している転倒墓石を見ることができました.
 そこで,この墓石について,損傷痕を詳細に観察して分類・記載し,損傷痕の種類や方向を相対的時系列的に明らかにすることによって,地震動の相対的時系列変化の復元を試みてみました.


第1図 1995年兵庫県南部地震の際に神戸市東灘区の住吉断層より北側にある住宅のフローリング床に残されたベッドの脚が移動した損傷痕 円は打撃痕で,線は移動によってできた浅い溝
 以下に,墓石の損傷痕の解析方法と解析結果,地震動の復元について,川辺(2007)をもとに紹介します.


2007年能登半島地震よる輪島市門前町浦上番頭屋の墓石の被害の状況

 輪島市門前町浦上番頭屋で,地震によって動いた断層によるとされる道路の地割れの調査(川辺ほか 2007a, 川辺ほか 2007b, 川辺ほか,2007c,川辺ほか 2007d)に関連して,道路に隣接した住宅の状況を拝見させていただいた際に,住人の方に紹介していただいて倒壊した墓石を観察できることができました.

 墓石は,第2図(a)のように,上台までは異状は認められませんでしたが,蓮華台と竿柱が北側に落下していて,上台の上面が露出していました.

 上台の上面には,地震動によって蓮華台が移動を繰り返して最後に飛び出して落下するまでの間に残した,擦過痕や打撃痕などのさまざまな方向および新旧関係の損傷痕が多く残っていました(第2図(b),第3図).また,中台と下台(芝台)の北側の陵部には,落下する蓮華台の角が当たってできた欠け(大きな打撃痕)が残っていました(第2図(d),第4図).

 一方,落下した蓮華台の上面には,棹柱の運動によってできた,反時計回りに小刻みに回転する損傷痕と中心部の同心円状の損傷痕,およびそれらを横切って一方向に移動したことを示す損傷痕が残っていました(第2図(c),第4図).また,蓮華台の下面には,蓮華台が上台とこすれあってできた損傷痕が残されていたました.蓮華台の下面の傷は,上台と比べると単純で直線に近いものが多いでした(第2図(d),第5図).

 このように,蓮華台の四隅の角のうち,下台に隣接する辺の角の一つは欠けていて,中台および下台の衝突したのがこの角であることがわかります.この隅の欠けの損傷痕は,上台上面と蓮華台下面に残されている両者を安定して固定するためのセメントの跡から,もともと蓮華台が置かれていた状態では北東の角であって,蓮華台の落下時には90°以上時計回りに回転した状態で落下したことがわかります.


第2図 調査した墓石の写真 (a)倒壊の状況;露出した上台上面と落下した蓮華台と棹柱,(b)上台上面(オルソ化),(c)蓮華台上面(オルソ化),(d)蓮華台下面(オルソ化) 白っぽい付着物とその損傷痕は,各部分を接着するためのセメントとその損傷痕.墓石の各部分の上面は表に露出する縁辺部を中心に研磨されるために,中央部がやや高くなって残り,セメントは四隅に付けて中央部には付けない.

第3図 上台上面の損傷痕 1:衝突痕,2:擦過痕,3:付着したセメント粉の範囲,4:壊れ残ったセメントの範囲,5:もとのセメントの分布範囲

第4図 蓮華台上面の損傷痕 1:衝突痕,2:擦過痕,3:付着したセメント粉の範囲,4:壊れ残ったセメントの範囲,5:もとのセメントの分布範囲

第5図 蓮華台下面の損傷痕 1:正面の方向,2:衝突痕,3:擦過痕,4:もとのセメントの分布範囲


損傷痕の特徴と分類

 墓石に残った損傷痕は,蓮華台が上台の上面を移動してこすられた時や,上台の上面で跳ねて落下したときにできたもので,前者は擦過痕(擦痕),後者は打撃痕(衝突痕)です.

 打撃痕(衝突痕)(percussion mark):  擦過痕(abrasion marks):

第6図 上台上面の北西部に見られる各種の傷の代表的な例 矢印は移動方向を示す.
A:付着痕,B:削磨痕,G:削剥痕,P:打撃痕


損傷痕の新旧関係

 このような損傷痕同士の切断関係をもとに損傷痕の新旧関係を判断しました(第3図〜第5図,第7図).

 付着痕ができた後で移動があると,付着痕は,周囲より高くなるために,その他の損傷痕によって移動方向に破壊されます.また,付着痕は,周囲には損傷痕は付かなくとも,付着痕が削り取られて削磨痕ができたり,付着痕の表面が削り取られて,付着痕のみに削剥痕ができたりします.また,付着痕ができたあとに物体が移動すると,付着痕をつくる粉が拡散して,移動方向に新たな付着痕ができることがあります.

 削剥痕がある場合に,刷磨痕や付着痕が重なると,削剥痕の溝の角には,刷磨痕や付着痕の進行方向側にある角に,削り取った屑や付着物が付着することになります.

 刷磨痕は方向性や新旧関係がわかりにくいですが,このような削剥痕を横切る場合に,削剥痕に何も残さなければ削剥痕が後の場合の可能性が高いと判断できます.溝に付着物がある場合には,付着する削剥痕の溝の角の方向によって,刷磨痕や付着痕の進行方向がわかります.

 このような関係を観察することによって,新旧関係を決めていきました.


損傷痕の時系列変化と移動

 現場および室内での観察から,上台上面(第3図),蓮華台上面(第4図)および蓮華台下面(第5図)のような損傷痕を記録できました.なお,第3図と第4図では,上下方向が卓越するか水平方向が卓越するかという運動の違いの識別に重要な,打撃痕と擦過痕の区別のみを表現しています.第5図では,損傷痕の種類は区分できていません.

蓮華台上面

 蓮華台上面の損傷痕は,基本的に打撃痕が中心で,竿柱が反時計回り(左回り)に小刻みにカタカタとロッキング現象を起こして揺れながら回転している状態が記録されています(第4図).それらを切って,斜め方向(設置された状態では左後方向)に向かう擦過痕が付いています.この擦過痕は,竿柱が蓮華台から飛び出す時に付いた損傷痕であろうと思われます.

 なお,回転中心は,ずれながらもほとんど同じ蓮華台上面の中央付近に集中していますが,わが地元の金子石材株式会社 金子徹決雄氏によれば,蓮華台や上台の上面は,墓石表面に露出する縁辺部を集中的に研磨し,表に出ない中央部はあまり研磨されないために,基本的に平らではなく,上凸の形状になっていて,その部分を中心に回転しやすい可能性があるということです.
 棹柱は,蓮華台の上で,まさにそのように高まりの部分を中心に,カタカタと小刻みに揺れながら左回転したとみられます.

 なお,落下後の位置関係で,棹柱の長軸が蓮華台の延長方向にあることや,棹柱の下面が蓮華台や棹柱の頂部より遠位にあることからすると,棹柱の落下は,蓮華台の落下と同一時期であると考えられます.

上台上面の損傷痕のステージ区分

 上台上面の損傷痕については,打撃痕および擦過痕の新旧関係の判定をもとに,24のステージに識別することができました(第7図).
 これらの損傷痕の時系列については,必ずしも全てが観察結果のみからわかったわけではく,切断関係の見られない独立した損傷痕もあって,その場合には,移動の復元の際に,順序のわかっている移動と移動の間に当てはめながら,時間的位置を決めていきました.その際,蓮華台下面の同じ方向に付いている損傷痕については,そのステージでできたものと判断しました.


第7図 損傷痕の新旧関係から求めた上台上面の損傷痕のステージ区分 1:衝突痕,2:擦過痕,3:付着したセメント粉の範囲,4:壊れ残ったセメントの範囲,5:もとのセメントの分布範囲

上台上面の損傷痕のステージごとの特徴

 ステージ1からステージ11までは,ステージ3を除いて,打撃痕によってできた蓮華台下面の外形に近い形の損傷痕で特徴付けられます.しかし,どれも4辺全部の痕が付いているのではなく,半分のものが多いのが特徴的です.これは,おそらく浮き上がった蓮華台が上台に平行にぶつかったのではなく,やや傾いてぶつかったことを示していると考えられます.
 北側〜北西側に付いているものが卓越しています.本来はカタカタとロッキング現象として交互にぶつかったと思われますが,南側の厚いセメントが影響して,南側には損傷傷が付きにくかったのだと思われます.

上台上面の移動の復元

 上台上面上の蓮華台の移動の復元は,損傷痕のステージごとに,元の位置から,損傷痕の方向と長さに対応させて,かつ損傷痕の範囲からはみ出ないように,ドロー系ソフトの画面上で実際に蓮華台を移動させておこないました.

 湾曲した損傷痕の場合には,損傷痕の接線に対して垂線を引き,複数の垂線の交わる点を回転中心として蓮華台を回転させて,損傷痕を残して移動した後の位置を求めました.なお,全ての損傷痕の接線に引いた垂線が一点で重なるわけではなく,移動に伴って重なる点がずれていく場合があり,このようなものは,回転中心が移動しながら回転したと思われます.

 なお,第7図では,重心の移動のほか,四隅の位置の移動を矢印で示しておきました.

 上台上面の個々のステージの損傷痕の種類と方向をもとに,各ステージにおける蓮華台の移動を復元した結果を示したのが第8図です.

第8図 上台上面の傷(黒)および蓮華台下面の傷(灰色)から求めた各ステージの蓮華台の移動の復元 1:最初の位置,2:直前の位置,3:移動後の位置,4:各重心の位置,5:四隅と重心の移動方向と移動量


上台上面の傷をもたらした振動の復元

 第11図をもとに,蓮華台の重心の平面方向の移動の軌跡のみをステージごとに等間隔に並べて相対的時系列で示したものが第9図(a)です.さらに,第9図(a)をもとに,上台の移動に置き換えたものが第9図(b)で,地面の揺れがそのまま上台まで伝わっていたとすると,その場所における地震動の動きにほぼ対応することになります.


第9図 蓮華台の移動の復元から求めた蓮華台の重心のステージごとの移動(a)とそれから求めた地面の(上台上面)の移動(b)


 蓮華台の移動から復元した重心の移動には,重心の軌跡が回転しているものがみられます.

 基本的には,地震動(がそのまま伝わったとすると上台の揺れ)の加速度粒子軌跡(時間ごとの加速度ベクトルの矢印の先の位置の軌跡)の移動方向とは反対方向に墓石の移動がおこり,粒子軌跡が時計回りに回転している時には墓石が反時計回りに回転することが実験的にも明らかにされています(澤田ほか 1998).また,上台上面と蓮華台下面との間に挟まったセメントの破片(またはその粉砕粉)が抵抗となって摩擦が働いて回転中心になったりして,動きをさらにコントロールしている可能性も考えられます.

 なお,上台と蓮華台との間の損傷痕から求めた重心の移動は,絶対的な重心の移動を示すものではなく,あくまで上台の動きと蓮華台の動きとの相対的な移動を示しているのみです.

 損傷痕のステージごとの種類と移動の解析から,以下のことがわかります.すなわち,  これらの特徴からは,前半の上下動を伴う小刻みな動きのステージはP波によるもので,後半の移動の大きい動きはS波によるものの可能性が高いと言えます.


地震波記録との対応

 損傷痕の調査をおこなった墓石は,震央から北東方向に約15.6km(震源から19km)離れた輪島市門前町浦上です.しかし,残念なことに,この隣接する場所には地震計の観測地点はありません.
 最も近い位置にある記録は,同じく震央から北東方向に約27km(震源から29km)離れた,輪島市輪島市河井町13部126番2号(世界座標系の緯度: 37.3919N,経度: 136.9083E,標高: 10.00m)にある防災科学技術研究所強震ネットワーク(K-NET)のWAJIMA(ISK003)の加速度型ディジタル強震計の記録です.


 両者の地質条件は,基盤は両方とも前期中新統の地層上にありますが,震源から両地点までの地質媒体の種類や地質構造は同じであるとは言えません.また,墓石は小規模な地すべり堆積物の上に位置していいて,このことも条件としては異なります.
 このような地質の差異があることを前提に,墓石の動きと地震波記録との対応関係について検討してみます.

 第10図は,WAJIMA(ISK003)の2007年能登半島地震の加速度波形(データ間隔1/100秒)を東西(上),南北(中),上下(下)の3成分で示したものです.横軸は経過時間で,地震発生時間(2007年3月25日午前9時42分00秒)を0として,3秒後〜23秒後の20秒間を示したもので,縦軸は各時間における加速度値を示しています.加速度データには機器固有のオフセット値が含まれているので,揺れの無い地震前15秒間のデータの平均値を各時間の観測データから差し引いた値をその時間における加速度値として用いました.


第10図 2007年能登半島地震本震の石川県輪島市における加速度型ディジタル強震計(WAJIMA(ISK003))の記録 防災科学技術研究所強震ネットワーク(K-NET)のWAJIMA(ISK003)データを使用した.


 この図からは,WAJIMA(ISK003)では,地震発生から約3.7秒後に最初のP波が届き,約7.8秒後にS波が届き始めたことがわかります.
 P波では10回前後の大きな揺れがあり,S波では約11秒後までの約4秒間大きな揺れが続いたことがわかります.
 このまま距離の比で墓石の位置に当てはめると,輪島での時間に対して約2/3の時間の,それぞれ地震発生後の2.4秒後にP波が,約5.2秒後にS波が届き,S波の大きな揺れは約2.7秒間続いたことになります.

 第11図は,地震発生後3.60秒後から11.00秒までの,0.1秒間ごとの水平面上での地震加速度粒子軌跡とそれに対応する上下方向の加速度を並べて図示したものです.


第10図 2007年能登半島地震本震の石川県輪島市における加速度型ディジタル強震計(WAJIMA(ISK003))の記録 防災科学技術研究所強震ネットワーク(K-NET)のWAJIMA(ISK003)データを使用した.

 第11図からは,WAJIMA(ISK003)では,振動は0.05秒から0.1秒前後の周期で起こっていることがわかります.
 3成分の合成では,P波では,図の網掛け部分で示した,地震発生後の 4.40秒前後,4.75秒前後,5.20秒前後,5.47秒前後,6.15秒前後,6.30秒前後,6.50秒前後,6.85秒前後,7.00秒前後,7.65秒前後におもに上下方向の大きい加速度の揺れが観測されています.
 S波では,回転を伴う揺れが最後まで継続しているが,回転方向は一様ではありません.8.35〜8.50秒には,500gal.前後に達する南北方向の強烈な加速度の揺れが観測されています.
 南北方向の大きな加速度の揺れは,WAJIMA(ISK003)で観測された地震波の中では,この揺れが唯一です.輪島市河井町にある重蔵神社の大鳥居は南方向に倒壊していますが,この地震発生後8.35〜8.50秒間の南北方向の強烈な加速度の揺れによって倒壊した可能性が高いと考えられます.

 以上のようなWAJIMA(ISK003)の揺れの特徴と,墓石から解析した上台の動き(第9図(b)との対応関係を見ると,直接的な1対1の対応関係は無理ですが,全体的には良い一致を示しているということができます.
 すなわち,ステージ1〜ステージ11までは WAJIMA(ISK003)のP波中の10回前後の大きな揺れに対応し,ステージ23の落下に至る大きな運動は,8.35〜8.50秒間の南北方向の大きな加速度の揺れに対応し,その間のステージ12〜ステージ22までの回転を含む動きは7.70秒〜8.35秒までの左右両方向の回転を含む揺れのいずれかで起こったと考えられます.

 なお,蓮華台の上面には,数多くのロッキング現象による衝突痕が残されていますが,棹柱と蓮華台との接触関係からは,棹柱がより小さな振動にまで反応して運動した結果,蓮華台上面に衝突痕を残したと考えられます.


蓮華台の落下時における運動速度の推定

 蓮華台が上台から落下する際に,移動の最後尾にあたる角が,28cm下の中台の陵に衝突しています.28cm落下するまでの水平移動距離は約11cmです.
 このことから,落下時の速度を計算すると,落下に要した時間は0.239秒であり,水平移動の速度は0.46m/s(時速1.66km)ということにになります.
 第11図からすると,落下した揺れは,WAJIMA(ISK003)における地震発生後8.35秒からの北方向への揺れに続く8.38秒からはじまる南への揺れによると考えられられます.このとき,上下方向では,下からの突き上げから下への引き下がりに転じる時に当たります.このことは,直前の揺れによって,北上方向に大きい慣性力を得ていた蓮華台と棹柱に対して,上台が南下方向に大きく移動したために,蓮華台以上が最終的に相対速度0.46m/sで移動し,上台から外れて落下したということ言うことができます.


おわりに

 地震動によって壊された墓石の上台と蓮華台,蓮華台と棹柱との接触面に残された損傷痕を解析することで,その場における地震動にほぼ対応した墓石の運動の時系列変化を復元できることがわかりました.

 全ての移動が残されているわけではないし,損傷痕からの読み取り自体が完全でない可能性もありますが,このような解析を狭い範囲で複数積み重ねることによって,被害が発生しているその場所における地震動の実体を明らかにできる可能性があるということができます.
 本報告にあたっては,1995年兵庫県南部地震のあとで地質ボランティアとして活動している際に,被災した自宅のベッドの移動痕を紹介して拝見させていただき本報告の基本的アイデアをいただいた兵庫県神戸市東灘区森北町の被災住民の方,2007年能登半島地震の際に地震によって壊れた墓石を快く調査させていただいた石川県輪島市門前町浦上の墓石所有者の方,現場において調査・観察を補助していただいた風岡修氏をはじめとする千葉県環境研究センターの方々にお世話になりました.また,山形県天童市金子石材株式会社 金子徹決雄氏には墓石の被害や加工技術等について,山形県警察本部刑事部鑑識課 奥山正美氏には擦過痕についてご教示いただいた.金沢大学大学院理学研究科 平松良浩氏には,地震動に関してさまざまなご教示をいただきました,なお,地震波形のデータに関しては,独立行政法人防災科学技術研究所 強震ネットワーク(K-NET)のデータを使用しました.以上の方々に,記してお礼申し上げます.

文 献

2007年7月31日記


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